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この国に銃はいらない。テロを境にニュージーランドで広がる銃の自主返納

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2019/03/nz-250_1.php

この記事を読んでの私見です。

先日起きたニュージーランドのテロ事件は犠牲者50人という痛ましいものでした。
ニュージーランドといえば羊が多いという国。牧歌的でのどか、そして様々な国からの移民が多いせいか、フレンドリーな国民というイメージを持っていました。

そこで起きてしまった人種差別的な凶悪テロ。それは外国人にとってもショッキングなニュースでしたが、それ以上にニュージーランド国民にとってアイデンティティに直結する重大ニュースだったようです。

現在犯人がネットに投稿した犯行動画や人種差別的な長文マニフェストのダウンロードは政府によって全面禁止という措置がとられています。所有した者は最大で禁錮10年、配布した者は14年という重罰です。

事件直後から、ニュージーランドは寛容な国、こうした差別は許さないという声が国内で強く上がり運動になっているようです。
またアーダーン首相はイスラム教徒の女性が身につけるヒジャブをまとい、犠牲者や遺族への思いを寄せています。

こうしたショッキングな事件が起きた事で、今ニュージーランド国内で銃の自主返納が進んでいるといいます。

長年銃を所持してきたがこんな事は二度と起こしてはならないとして警察へ自主返納をする人が増えているそうです。

「(銃が)なくても大した事ではない。銃器を自分で所有しながら、銃を禁止せよと言うのは道義に反する」引用

これを読んだ時に私が真っ先に思い出したのは、アメリカでの銃乱射事件です。
アメリカでは銃乱射事件があるたびに護身用としての銃の需要が伸びるそうです。
そして全米ライフル協会のような強力な銃推進団体の影響もあり、凶悪犯罪が何度起きても銃の規制が進まないと言います。
そして極め付けは
銃は悪くない。銃が人を殺すのではない。銃を使う人間が人を殺すのだ。
という到底理解できない銃擁護論が広く受け入れられている事です。
アメリカでは癌のように銃が社会を不安定化しているにも関わらず、それを自ら切除する事ができずにいます。
そのイメージが強かったために、このニュージーランドでの銃自主返納の動きは私にとっては良い意味でショックでした。
自分を守るために銃を保持し続けるのではなく、社会を守るために、そして引いてはニュージーランドが誇る多様性を守るために、銃の所持という個人の自由を捨てる選択をする、そこにニュージーランド国民の強さを感じたからです。

社会契約論の話になりますが、
弱肉強食の世界では弱い者は虐げられます。強い者も必ずしも安全ではありません。そんな不安定な闘争状態から脱し、個々人の生命や財産といったものを守るためにすべての人々が協力して契約を結びます。そして本当は物を盗む自由も人を殺す自由もあったのですが、そうした個々人の自由を皆が同意して捨てさる事で、社会はより大きな安全や平和を得ることができるというものです。
私はアメリカの銃問題に触れるたびに、常々この(銃を所持する)自由の放棄が進めば良いのにと思ってきました。
けれど私はあくまで部外者です。日本は銃も剣も当たり前に所持が禁止されています。
より良い社会のために自分の持っている自由を捨てる決断をするということへの想像力が今ひとつ十分ではありませんでした。
しかし実際にニュージーランドの国民の側からの銃の自主返納の動きを知り、驚きと共に尊敬の念を覚えています。
より良い社会を作ることが出来るのは一人一人の決断や選択の結果です。そして理想を実現させるための努力です。
ニュージーランドはこの凶悪なテロによって理想や社会のアイデンティティーが揺らぎかけました。けれどニュージーランド国民はそれを乗り越え、より良い国にする強い意志を持って行動しています。

アーダーン首相は近々半自動小銃などの規制改革をする方針だそうです。