小説イラストレーター蒼生のなんでもやってみるブログ

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小説ただひと EP4 徴兵

ネット公開版   小説 ただひと   作 蒼生

 

EP4 徴兵


 村に帰るとヘリオスは農作業を放り出して森へ行ったことを詫びるためにも果物を数え始めた。
「これだけあれば大丈夫かな、母さんも喜んでくれると思う」
十分な数があると見て、彼はホッとため息をついた。彼の母はペトラ病にかかっていて、普通の人と同じように働くことができない。短時間ならいいが、その分ひどく体力を消耗してしまう。ヘリオスはいつも一人で二人分働いているが、今日はそれができなかったので代わりに新鮮な果物を持ち帰って代わりにしようと思っていた。
ヘリオスが玄関の戸を開け家に戻ると、老いた彼の母は悲しそうな顔で慌てて出てきた。
「ああ、行かないでおくれ!」
白髪の混じった彼の母はひっしと彼を抱きしめた。ひどく狼狽しているようだった。
「落ち着いて、どうしたの」
ヘリオスは彼女の肩に手を置きなだめるように尋ねた。彼の母は震える手でポケットから紙切れを出してそれを開いて見せた。徴兵の令状だった。
「ああ、どうしてこんな田舎にまでこんな紙が来るんだろう」
老いた母は顔をしわくちゃにして涙にむせた。ヘリオスは呆然として何も言えなかった。抱えていた果物が今にもその手から滑り落ちてしまいそうだった。ディオンはやっぱりなというように二人を見ている。
「おばさん、仕方ないよ。これは命令だから。断れないし、無視すれば処罰される。でも大丈夫。兵士なんて五万といる。その全員が死んだり傷ついたりするわけじゃない。ただ少しの間、戦ってくるだけだから…」
ヘリオスの母はディオンの言葉を聞いて顔を覆ってさめざめと泣いた。ヘリオスはわが身に起きた事に動揺しつつも泣いている母の背中をさすって何とか落ち着かせようとしている。それ以外のことは今の彼には考えられなかった。
その晩、ヘリオスは一人眠れずに床についた。
「自分が家から出てしまったら母さんはどうなるんだろう」
従軍手当が少し出るとは聞いていたが、それでも彼は不安だった。彼の母は軽度とは言えペトラ病を患っている。
 ペトラ病は最初は体のだるさから始まり、次に身に覚えのない痣が全身にでき始める奇病の事だ。ヘリオスの母は今この状態にある。だがさらに進むと関節や皮膚が硬化し始め、次第に動くのが困難になり、最後には内臓まで硬化して死に至る。原因は分からないし治療法もないので、ヘリオスは栄養のあるものを多く食べさせて、少しでも良くなればと毎日気を使っていた。そんな母を一人家に残すなんて彼には辛かった。けれど従わなければ自分だけでなく母まで処分されてしまう。彼は決まりきった答えを前に悩んでいた。
気づくと窓の外が明るくなっていた。ヘリオスは疲れた頭のまま夜の明けきっていない野に出た。ひんやりとした空気がまだ残っている。彼は日の光を浴びようと丘の上に行った。そこにセレーネが居た。
「おはよう、早いんだね」
「ええ、目が覚めちゃって」
ヘリオスは悩みごとでいっぱいの頭を抱えて隣に座った。東の空が赤く染まりだし、強い光が闇を切り裂いていく。
「私も、ここに来る前に行かないでって言われたの…」
ヘリオスは驚いて彼女を見た。
「すごく止められたの。行かないでって。もう戻ってこられないかもしれないからって。すごく心配された。私も、不安じゃないっていったら嘘になる。全然怖くないって言ったら嘘になる。でも…私はみんなを守りたいと思ったの。みんなのこと大好きだから…心を決めてここに来たの。あなたは…?」
「わからない。俺はこの村以外は知らないし、守るって言ったってこの村のこと以外は考えたことがなかった。ただ、令状が来たから、俺がどう思おうが行かなくちゃいけないって事だけは分かる。母さんは心配してるから、できるだけ早く返ってこられるようにしたい。俺は…情けないな。君みたいに前向きに考えられない」
セレーネは首を振った。
「いいえ、あなたが守りたいものと戦う理由が一致しないだけ…。それは自然な感情よ」
「はは…。どうしたもんかな…」
「行かなければならないのなら、せめて笑って旅立ちましょう。残された人達の心を少しでも軽くできるように」
「うん。そうだな。…笑って、何でもないような顔をして行こう。ありがとう、少し気持ちが楽になった…」
セレーネはそれに「うん」と頷いた。ヘリオスの表情はわずかに柔らかくなっていた。
 家に戻るとヘリオスの母が朝食を整えて待っていた。
「待ってたよヘリオス。さあお食べ」
彼の母は昨日とは違い、落ち着いて表情も優しかった。
「あ、ありがとう」
ヘリオスは昨日とは違う母の様子に驚いて、言われるがままセレーネと席についた。食べ終わると、彼の母は古びた箱を出してきて、その中から盾と剣を取り出すと彼に渡した。
「お前の父さんが使っていたものだよ。きれいに磨いておいたからね」
「え、父さんの?」
「そうだよ、これできっと父さんがお前を守ってくれるよ」
彼の母はヘリオスの身支度を整え終えると、たまらずぎゅっと抱きしめた。
ヘリオス、絶対生きて帰るんだよ!私はここでずっと待っているからね!きっとだよ!」
「うん、大丈夫。絶対生きて帰ってくるから。きっとすぐだよ。すぐ帰ってくるから。母さんも無理しないでまってて。少しでも病が良くなるように、体に良いものを食べてね」

 ヘリオスは母に見送られながら家を出た。
村の出口ではディオンが先に身支度を整えて待っていた。
「案外早かったな…」
「すぐに出ないと早く帰ってこれないからな」
「ハハ、なんだよそれ。…でも覚悟はできたんだな」
「ああ、行こう。そしてセレーネ、君も来るんだろう?」
「ええ。私にもなすべきことがあるから」
ヘリオスは手を差し伸べる代わりに優しくて暖かいまなざしを向けた。
「さあて、俺達の前途は今開かれた!沢山の可能性がある!俺たちが希望そのものだ。そして今俺たちは自分の力で人生を開拓していくんだ!」
ディオンが猟銃を掲げて叫んだ。

 

 

つづく

 ただひとEP5

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